【宇宙物理】宇宙背景放射に位相欠陥テクスチャーの跡?

スペイン・英国の研究チームは、宇宙マイクロ波背景放射(CMB, Cosmic Microwave Background; 宇宙誕生後38万年後の最古の痕跡)で観測された角度5度スケールの低温部が,ビッグバン直後に起きた宇宙の位相欠陥の1つであるテクスチャーが原因ではないか,とする解析をScience Express誌で報告した.(M. Cruz et al., Science Express (25 October 2007)

WMAP衛星によるCMBの観測データと数値シミュレーション結果をベイズ統計を用いて解析した結果で,低温部のデータ出現を「CMBが一様等方なガウス分布であり,観測機器のノイズによるもの」という帰無仮説と,「同様のガウス分布+ノイズに,さらに真空の相転移に起因するテクスチャーによる温度ゆらぎ(2パラメータ)によるもの」という対立仮説を較べた.その結果,後者の方が確率密度が2.5倍高く,5度スケールの温度異常を生じるパラメータは,相転移のエネルギーレベルが,8.7x 10^{15} GeV である,という.

「位相欠陥」(topological defect) 少しだけ解説
場の標準理論では,宇宙が高温から低温へ転じる間に何度か相転移を起こし,粒子生成や主体となる場の転換を行うと考えている.相転移現象は,エネルギー的には,温度低下に応じて新たなエネルギー極小点が生じ,自然現象がその点へ移動する,として理解される.ポテンシャルと呼ばれるエネルギーの坂道を考えれば良い.

相転移では,位相欠陥と呼ばれる問題が生じる.仮想されるポテンシャルの次元により,必ずしも全空間が同じエネルギー最小点に進むとは限らない問題である.例えば,ポテンシャル V の概形が p 軸をパラメータ(ここでの p は空間座標ではなく,場のエネルギー配位を特徴づけるパラメータ)にして,V(p)=p^4+q から V(p)=(p^2-a^2)^2 (いわゆるdouble-well2重井戸型)へ変化したとすると,ポテンシャル最小点は p=0 (V=q) から p=a, -a (V=0) に変化する.空間の各点で場がこのどちらかに進むので,全空間が p=a の領域と p=-a の領域に別れることになり,その境界は「ドメインウォール(domain wall)」と呼ばれる位相欠陥になる.ドメインウォールは3次元空間を2次元面で分割する2次元的な位相欠陥であるが,同様に,1次元的な位相欠陥を「宇宙ひも(cosmic string)」,0次元的な位相欠陥を「モノポール(monopole)」,逆に3次元的な位相欠陥を「テクスチャー (texture)」と呼ぶ.

このような位相欠陥は現実の宇宙では観測されていないために,何らかのメカニズムで消滅させるか観測されないようなシナリオを考える必要がある.しかし,これらが宇宙論のシナリオで有効に働く可能性もあり,今回の論文では,宇宙背景輻射の異常な低温部の説明に,原因の候補として登場した.

今回の話は, 将来的にCMBの偏極などが詳細に観測されることにより検証が可能になるが, 地上での実験レベルをはるかに超えたエネルギーレベルの話であるので,当分の間は1つの仮説として残ると思われる.

M. Cruz, N. Turok, P. Vielva, E. Martínez-González, M. Hobson, Science Express (25 October 2007) , A Cosmic Microwave Background Feature Consistent with a Cosmic Texture
論文は,arXiv:0710.5737 [astro-ph]でダウンロード可能.

2007/10/30 PhysicsWorld Did the early universe have "texture"?