【2008年】PhysicsWebのベストニュース

イギリス物理学会誌PhysicsWebが,2008年の物理ニュース ベスト12を12月22日付で発表した.毎月のニュースから1つずつをピックアップした 形式にしており,ベストの順位を示すものではない.
形式は例年同じで,本サイトでも, 2006年2007年版を 紹介している.

1月音を避ける素材 (Metamaterials take on sound)
2006年には光を迂回させる素材が発表されて「透明人間スーツ」に近づいたが,1月に,2つのグループが独立に音を迂回させる素材の開発プランを発表した. 2008年後半には,別のグループが,穴を開けた素材の方が固体素材よりも音を遮へいする効率が良いことを示し,また,大きな波から石油掘削装置を保護する装置を別のグループが発表した.
'Cloak of silence' design is unveiled
Holes prevent sound from passing through plate
Invisibility cloak for water waves
2月人体発電 (Harvesting energy from humans)
2月には人間の動作からエネルギーを取り出す2つの異なる方法が発表された. Simon Fraser 大学(British Columbia)のMax Donelanらは,膝に取り付けた装置により,5ワットの電力を得ることができるという発電装置を発表.米国Georgia Institute of TechnologyのZhong Lin Wangらは,ハイカーが身に付けた場合,携帯電話程度の電力を供給できる布素材を発表した.後日,Wangらは,この布素材をすぐ脱げる形態に改良したものも発表した.
Knee brace harvests 'negative work'
Fibres could generate electricity from body motion
Bendy wires generate AC power
3月鉄ベースの高温超伝導体 (Iron-based superconductor makes waves)
新しいタイプの高温超伝導体の発見は, 2008年の物性研究を加速した.New Orleansで開かれたアメリカ物理学会APSのMarch Meetingでは,誰もが鉄-ヒ素化合物(iron-arsenide materials)からなる超伝導物質,特に東京工業大の細野秀雄らの画期的な成果について注目していた.年内には,理論家からなぜ鉄のような強磁性体が超伝導物質になり得るのかを説明しようとする論文がいくつも提出された.このブレークスルーが,これまでの高温超伝導体のさらなる理解につながるのか,それともさらに混とんとした状況になるのかはわからない.
Iron-based high-Tc superconductor is a first
4月英国予算に避難 (UK funding decisions are slammed)
残念で嘆かわしい決定が,英国議会の科学技術評議会[Science and Technology Facilities Council (STFC)]で4月に行われた.英国下院では, STFCによる研究予算の8千万ポンド削減案を調査していたが,この案が明らかになった2007年暮れ以降,多くの英国物理学者は研究予算の消失や失職を心配していた.6月に正負が削減額の補填がないことを明言した.
Report slams UK's leading physics funding agency
No extra cash for UK physics
5月カナダの研究所が英国トップの物理学者を奪う (Perimeter Institute bags top UK physicists)
STFCによる暴落の1つの深刻な被害として,ケンブリッジ大学は,宇宙論学者Neil Turokをカナダのペリメータ研究所(Perimeter Institute, PI)に奪われた.4月にTurokは,PIの所長に打診され,英国の予算削減を1つの理由に移籍した.後に,Turokは,同じくCambridgeのStephen Hawking をPIにおける客員教授に引き抜いた. Neil Turok chosen to lead Perimeter Institute
Hawking accepts post in Canada
6月LHCが世界崩壊のシナリオに (LHC doomsday scenario grips the world)
9月に稼働開始するLHC実験でのちょっとしたミスが,地球を飲み込むほどのブラックホールを造り出すのではないか,という話が一般のマスコミを賑わせた. このような話は,LHC実験に反対するグループがハワイの法廷で始めたのが発端.6月にCERNは,この騒ぎに対して「そのような最悪のシナリオはありえない」との報告書を公表.それでも,まだ,冷却された液体ヘリウムが,加速器のつくる強力な磁場で,「Bosenova」(ボーズ・アインシュタイン凝縮体の爆発現象)を引き起こしてしまう,と危惧しているようだが,こちらも全く関係のない話.
CERN hopes LHC report will dispel doomsday fears
Could the LHC do the ‘Bosenova’?

7月Grapheneますます強力になるのか(Graphene goes from strength to strength)
炭素原子1つの厚さからなるグラフェン(graphene)は,世の中で最も強度のある物質であることが6月に確認されて以降,とても興味深い素材となった. すでに数ヶ月前に,グラフェンは良い熱伝導体であることも報告されており,電子がどの物質中よりもグラフェン中を容易に移動できることが分かっているので, 将来的に非常に小さな電子回路を作る際の理想的な素材であるとも考えられている.グラフェンはまた,光度に透明であることも2008年に報告された.液晶ディスプレイ [liquid crystal displays (LCDs)] の素材として,あるいは電子顕微鏡の解像度を増す素材として注目されている.
Graphene has record-breaking strength
Graphene breaks speed record
Graphene makes for better optical displays
Electron microscope sees single hydrogen atoms
8月量子コンピューティングに向けて緩やかだが確かな進歩 (Slow but sure progress towards quantum computing)
8月に,量子情報を有意な距離まで伝達するために必要となる「量子リピータ(quantum repeater)」素子が初めて実現したという報告があった. 6月には,他のグループが複数粒子のもつれ(entanglement)状態を固体中で1フィート継続させることに成功しており,将来的に量子コンピュータを作るためのデバイスへの準備が着々と進みつつある.シリコンチップ上で,「量子ロジックゲート(quantum logic gate)」の原形製作に成功,との報もあった.
Quantum repeater demonstrated
Multi-particle entanglement in solid is a first
Quantum logic gate is miniaturized
9月LHCの稼働と停止 (LHC starts and stops)
CERNのハドロン巨大加速器[Large Hadron Collider (LHC)]が,9月10日に正式な運転開始のニュースで9月は持ちきりだった.しかし残念なことに,9日後,加速器は電気系統の故障で液体ヘリウムが数トン漏れる事故がおき,30個もの超伝導磁石が機能しなくなった.現在,修理中であり,2009年夏には再稼働開始となるようである.
LHC loses liquid helium
LHC repairs underway
10月素粒子物理学者へ良いニュース (Some good news for particle physics)
今年のノーベル物理学賞は,素粒子物理学が対象となり,CERNの事故で落胆していた素粒子屋に良いニュースとなった.賞金の半分は「素粒子物理学における対称性の自発的やぶれ機構の発見(for the discovery of the mechanism of spontaneous broken symmetry in subatomic physics)」シカゴ大学の南部陽一郎氏に.残りの半分は,「自然界にクォークが少なくとも3世代あることを予言することにつながった対称性の破れの発見(for the discovery of the origin of the broken symmetry which predicts the existence of at least three families of quarks in nature)」小林誠(高エネルギー加速器研究機構原子核研究所元所長)と益川敏英(京都産業大学理学部教授、元京都大学基礎物理学研究所所長).イタリアのNicola Cabibboも同時に受賞させるべきではないか,との声も多くあがった.
Particle physicists pick up Nobel prize
Nobel Prize: there should be no controversy
11月暗黒物質探査のゴールは近い (Dark matter breakthrough is tantalizingly near)
PAMELAグループは,11月,地球の大気圏より外側では,宇宙線は高エネルギー陽電子が過剰であるというデータを発表した.この過剰分は,暗黒物質粒子の対消滅の初めての間接的な証拠となるかもしれないと考えられている.このデータ自体は数カ月前に別のグループが解析を開始してから論争の的になっているものであり,「物理パパラッチ(physics paparazzi)」と称する者もいるほどだった.数週間後には,別のグループのATIC実験が,高エネルギー宇宙電子線の過剰を報告し,両者を合わせると,過剰状態は, (宇宙の23%を占める)暗黒物質の有力候補である WIMP粒子[weakly interacting massive particles (WIMPs)弱い相互作用の重い粒子]の対消滅と考えられる. 11月にはさらに,米国の理論家が,PAMELA と ATIC の結果はWIMPsに作用する新しい相互作用で説明できるという論文も出している.2009年には,真実が明らかになろう.
PAMELA bares it all
Excess of electrons could point to dark matter
Is a new force at work in the dark sector?
12月オバマ大統領が物理学者を起用 (Obama chooses physics and the environment)
米国新大統領のバラク・オバマ(Barack Obama)氏は,エネルギー省の大臣に,ノーベル物理学賞受賞者のSteven Chuを起用した.Chu氏は,レーザー冷却と原子捕獲の業績で受賞した物理学者であり,地球温暖化の原因は人類にあり,温室効果ガスを大量に放出するのを止めるべきだと信じている人である. オバマ氏は,さらに彼の科学アドバイサーとして,ハーバード大学のJohn Holdrenを起用した.環境政策が専門であり,マサチューセッツ州Cape Codeの環境シンクタンクの所長でもある人である.
Nobel laureate goes to Washington?
Obama nominates physicist as science advisor

これまでの PhysicWeb の年間トップニュース
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2005年:PhysicsWeb 2005/12/22
2004年:PhysicsWeb 2004/12/23
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