【基礎物理】「ニュートリノが光速を超えた」実験結果報道

ニュートリノの速度が光速を超える結果になった,とニュートリノ振動の共同研究グループOPERA (Oscillation Project with Emulsion-tRacking Apparatus) チームが発表した. アインシュタインが1905年に発表した特殊相対性理論によれば,光速を超える速度は許されないため,この実験結果は大きく各メディアが報道している.

実験は,スイスとイタリア間の730Kmの距離をニュートリノを飛ばして測定したもの. 専門家向けのプレプリント(論文原稿) arXiv: 1109.4897 (右側の PDF download で本文が手に入る)によれば, データは6シグマ のエラーバーで,(ミュー)ニュートリノ が光速を上回った値を

 (60.7 ± 6.9 (統計誤差) ± 7.4 (系統誤差)) ナノ秒

あるいは光速に対して上回った割合を

 (v-c)/c = (2.48 ± 0.28 (統計誤差) ± 0.30 (系統誤差)) ×10^{-5} = 10 万分の2 
と報告している.

6 シグマ の範囲から外れることは 10^{-9}=10億分の1 以下の確率で, 誤差いちばん大きく見積もっても光速より速い,という結果になっているようだ.

しかしこの結果は物理学者にとってはまだ懐疑的で,データ解析の途中で見落としている誤差があるのではないか,と 考えられており,他のグループによる再実験報告待ちの雰囲気である. しかしおそらく多くの物理屋は,「どこか測定したものにミスがあるか,データ処理の過程に 隠れた誤差があるにちがいない」と思っているはずだ.特殊相対性以降100年間に積み上げられてきた物理法則や実験結果は, すべて光速が上限である,ということに反しないもので,これがたった1つの実験結果でくつがえることはないと思われる.

上記の論文原稿の結びには,次のように書かれている.

Despite the large significance of the measurement reported here and the stability of the analysis, the potentially great impact of the result motivates the continuation of our studies in order to investigate possible still unknown systematic effects that could explain the observed anomaly. We deliberately do not attempt any theoretical or phenomenological interpretation of the results.

訳しにくい文だが,敢えて意訳すると,

本測定報告の重要性および分析の安定性を考えると,(光速を超える測定結果は)重大な インパクトを引き起こす結果であることは疑いなく,我々は引き続き,ここで観測された 異常(anomaly)な結果を説明するような未知の系統的誤差を調査する. 我々はこの結果に対して,敢えて理論的あるいは現象論的な解釈を論じない.

著者たちも,「大発見」を主張しているわけではない.

これからしばらくは,

  • 光子が質量をわずかに持っていてニュートリノの方が軽かったのだ,とか
  • ニュートリノはエネルギースケールによって性質を替えるのだ,とか
  • アインシュタインは速度には上限があることを述べただけだ,とか
いろいろ言い訳じみた理論がたくさん出るだろうが, とりあえず追試実験の様子見,というのが正しい姿勢かと思う. 最近,テバトロンの誤報告もあったし...

明らかなことは,この実験結果をもって,タイムマシンができることにはならないということだ.

Nature News Oct 05 (2011) Faster-than-light neutrinos face time trial
Nature News Sep 27 (2011) Speedy neutrinos challenge physicists
Nature News Sep 22 (2011) Particles break light-speed limit
OPERA statement

「光速を超える物質があると,過去へさかのぼれるタイムマシンができるのか?」某IPMU研究所の某村山教授が「できるかも!」とマスコミにリップサービスした火の粉が私に降りかかり,火消しに追われることになった.雑誌ニュートンの12月号は,偶然にも『光速C』特集だったため,急遽4ページのニュース記事『光速の壁がやぶられた!? 「ニュートリノ」が相対論の予言する宇宙の最高速度をこえた,と発表された(協力 小松雅宏/白水徹也/真貝寿明/村山 斉)』が組まれることになった.どうしても「タイムマシンができる」と書きたい雑誌編集側に私はここでもブレーキをかける役となった.

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このページは、shinkaiが2011年9月26日 19:36に書いた記事です。

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