【新著紹介】MTW「Gravitation」邦訳が出版

Misner-Thorne-Wheelerの著「Gravitation」の邦訳
「重力理論」(丸善,2011年)
が出版された.邦訳では「Gravitation-古典力学から相対性理論まで、時空の幾何学から宇宙の構造へ」とのサブタイトルがついている.原著は,1973年に出版され,1215ページの大書であり,「電話帳」と愛されながら今なお一般相対性理論の研究者が必携とする教科書である(より詳しい紹介は,本サイトの「相対論の教科書」ページ参照のこと).邦訳は若野省己氏(京都大学を1994年に退職し,名誉教授)によるもので,表紙には同じリンゴの絵,色も黒,大きさも同じ,1325ページ,厚さ6cm,重さ2.5Kgとなっている.

訳者の若野氏は,著者の1人Wheelerのもとで1961年にPhDを取得し,Thorneの兄弟子にあたる.1958年には,Harrison,Wheelerらと白色矮星がベータ崩壊の逆過程に対して不安定であることを示すなど,原子核関連の仕事を行い,Oskar Kleinの60歳を記念して出版された次の本の著者でもある.
B.Kent Harrison, Kip S. Thorne, Masami Wakano, & John Archibald Wheeler Gravitation theory and Gravitational Collapse (Univ. Chicago Press, 1964)

さて,今回の邦訳だが,私の思い入れの熱い本でもあって,いくつか残念な点がある.
  • 原著にあって便利だった,表紙と裏表紙の見開きまとめのページがなくなっている.
  • 原著では,すべてのトピックについて,難易度を2つに分け,初学者が飛ばし読みしてよい箇所を明確に指定していた.訳書ではその工夫がすべて消えている.前書きに「トラック」の説明があり,本文でも(例えば5章のはじめ)トラック分けに関する記載があるのに,訳書ではそれがどこに対応するのか不明である.
  • 原著で本文の横に傍注とされている各種のコメントや小見出しがすべて脚注扱いにされている.
後者の2点は,著者が分厚い本書を少しでも読みやすいようにと工夫していた点だけに,惜しまれる.

原著の出版から40年弱が経っており,相対論の検証や宇宙論・量子重力理論への応用など,相対論の研究・観測はかなり進展した.邦訳では,それらの点には訳注などで対応することは一切なく,ただ朴訥に原著の翻訳を行っている.原著では出版当時の最新データがあちこちに取り込まれているが,それが現在でも信用できるデータかどうかは,読者の判断が必要とされる.この点については,読者が事前に状況を理解しておく必要があろう.

しかし,全編を通じて,日本語を読んで原著の細かなニュアンスまでも感じられるようになったメリットは大きい.古典となった良書の雰囲気をそのまま伝えるという意味では成功していると言えるし,今後日本での研究者層の拡大や教科書スタイルの向上にも多いに貢献する書となるだろう.訳者には,このような著の翻訳に労を取られたことになにより感謝したい.

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このページは、shinkaiが2011年7月 7日 18:50に書いた記事です。

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