【会議報告】第18回一般相対性理論と重力国際会議(Sydney)

第18回一般相対性理論と重力国際会議が,オーストラリアのシドニーで開かれた(7月8日から13日).この分野では,3年おきに開催されている大規模な会議の一つで,相対性理論の理論と観測・実験の研究者が一同に会する貴重な機会でもある.私が現在の大学に移って1年余り,はじめて海外に出かけられたこともあり,じっくり話を聞いてきた.やや遅くなってしまったが,ここでは,基調講演(plenary talk)の話題を紹介しよう.
今回は専門用語が多発して,一般の方には通じないかもしれないが,ご容赦.専門用語の略語についてはここに一覧表をつくったので,参照していただきたい.


分野の発展として,一番ホットな話題は,今回は数値相対論であろう.数値相対論に関しては
Bernd Bruegmann (U. Jena, Germany): Numerical Relativity
1年半前に,BH連星のインスパイラル合体計算ができた,という報告がPretoriusによってされた後,同じような方程式.ゲージ条件を使うことによって,UTB(現Rochester), NASA Goddard, Jena, LSU, AEI, PSUのグループが同様に成功し,パラメータを変えてシミュレーションを報告する論文がたくさん出始めている.Bruegmannはこの状況を"Gold rush of parameters"と表現した.BHの取り扱いはexcision派とpuncture派の2派に別れ(後者が多い),AMRや4th order差分,EH/AHサーチが当然のように行われている.数年前までの「どのような式を使うと計算が安定化するか」というような議論は置き去りにして,とにかく計算結果が出てサイエンスの話ができる状況に様変わりした. インスパイラルの波形は驚くほどPN計算と一致し,質量差のあるBH連星やスピンをもつBH連星の計算も報告されつつある. 面白い結果としては,BHの合体で重力波が発生すると,重力波が全体の運動量を10%ほど取り去ってしまうために,連星の重心が動き出す,という"kick"現象が実際の計算で確認された,というもの.もちろん等質量のBHの合体では軌道が対称なため,こんなことは起きないが,違う質量だったり,スピンをもったBHだったりすると,合体したブラックホールが飛び出す,という結果になるようだ.これまでPN近似や摂動で予言されていた現象であるが,改めて動画を見せられると説得力がある.合体後のBHがそれまでの軌道面から飛び出す速度は,質量比が1:3のBHのとき最大で175Km/s,スピンがあると,最大で2000Km/s (光速の1%)までの,BH "rocket"になるという.


重力波の観測に関しては,3つのレビューがあった.
Stanley Whitcomb (Caltech): Ground based gravitational wave detection: now and future
地上での重力波の観測プロジェクトに関するレビュー.これまでに,bar detectorは8カ国19ヶ所にて試みられ,現在も5ヶ所(EXPLORER, AURIGA, NAUTILUS, ALLEGRO, NIOBE)で稼働していること,レーザー干渉計の感度も計画通りに向上していることを報告.アメリカのLIGO干渉計は,advanced LIGOで2011年にさらに感度を10倍良くして,観測可能な空間体積を1000倍増やすことを述べた.その先の将来計画として,アーム長30Kmのレーザー干渉計を地下に作るプランを発表.2015年-20年には計画を実施段階へ,とコメントした.500人を超える研究者を有するプロジェクトになった重力波観測は,ますます本格的に科学の一分野として成長していく模様.


Daniel Shaddock (JPL): Space-based gravitational wave detection with LISA
LISA計画(人工衛星3機による重力波観測レーザー干渉計)について.ターゲットとなる重力波波源については特に新しい話はなく,技術的側面について多く時間を割いた.基礎技術の確認のため,ESAがLISA Pathfinder衛星を2010年に打ち上げること,その他の技術については十分に実現可能であることを強調していた.NASAによる予算配分決定は,今年の9月に通知されるとのこと.


Maria A Papa (AEI): Gravitational wave astronomy from ground and space
LIGOのS4データ解析についてarXiv.0704.3368の内容を中心に話をした.BBH/BNSなどの重力波サーチ(いわゆるblind search)の他に,GRB070201の報告を受けてその波源(M31, 800kpc)にターゲットを想定した重力波サーチを行われたようだが,結果については「セッションの発表で」と多くを語らなかった.有意な発見には至らなかったのであろう.Crab pulsarに対しては,spin downモデルに少し制限が付けられた,とのこと.


数学的側面に関しては,2つのレビューがあった.
Badri Krishnan (AEI): Quasi-local black hole horizons and their applications
自身がAshtekarのもとで学位論文として仕上げたisolated horizonについてのレビュー.4次元時空で光測地線の補足面を考え,marginally trapped tube (MTT)と呼ぶことにすると, (A) dynamical horizon = spacelike MTT (B) isolated horizon = null MTT (no restrictions to expansion) (C) trapping horizon = null or spacelike MTT (expansion < 0 ) (D) timelike horizon = timelike MTT と分類されることを説明し,isolated horizonの応用として,BH熱力学の第1法則,第2法則の局所化(globalな情報がなくても定義され得ること),BHホライズンの角運動量をlocalに定義することにより,空間超局面の取り方によらず,時空がKerrかどうか判定出来得ることを説明した.数値計算における応用としてCook-Whiting 2007, Schnetter-Krishnan 2006, Ben-Dov (2006)などを紹介した.


Hans Ringstrom (KTH, Stockholm): Cosmic censorship
前半は相対論の初期値問題のwell-posednessについてのレビュー.ChoquetBruhat 1952とChoquet-Bruhat-Geroch 1969で,すべてのglobally hyperbolic(GH)な時空発展のextension (maximally GH development, MGHD)が存在することが証明された,という話.後半は,「MGHDがinextendableである」ということと「Kretchmann scalarが発散すること」が同じであることをGowdy時空で証明した,という彼自身の話.5年かけて4本250ページの論文なのだそうだ.


宇宙論に関しては
Daniel Eisenstein (U. Arizona): Observing Dark Energy
WMAPで報告されたダークエネルギー75%という結果が,いかに他の観測でも支持されているか,という事実をいろいろ列挙.今後は,a(t)の精密な観測(SN統計,baryon accoustic osc,weak lensing)と共にclustering growthの測定(weak lensing,cluster abundances)で宇宙論パラメータを決めていく,という.宇宙の状態方程式のw(=圧力/密度)は w=-1+-0.1 程度であるが,これをconstantと考えるのはdangerousと結論して終わった.


Peter Schneider (Bonn): Cosmological probes by gravitational lensing
前半はstrong lensing(1つの銀河によるレンズ)に関して,基礎的なことをおさらいした後,現在では200もの銀河のレンズが観測されていること,time delayでHubbleパラメータの測定が15の銀河で観測されていること,CDMで予言されているsubhaloが見つからなかった「2nd Dark Halo crisis」を重力レンズで解決できたことなど(Einstein ring内の質量の半分はDM).後半はweak lensing (宇宙遠方からの複数のレンズによるゆらぎ).large scale structureによるlensingでcosmic shearが定義され,DMの存在量に統計的な議論が2000年頃から可能になった,という話.


高エネルギー実験については,
Jonathan Feng (UC Irvine): Collider physics and cosmology
2008年に稼働するLHCでは,(1) Higgs-bosonの発見,(2) SUSY, extra-dimension, (3) Cosmologyの3つがターゲットであるという話.特に宇宙論のdark matter (DM)問題に注目し,これまでのquark, leptonでは説明できないDM候補として新しい粒子or新しい相互作用の発見にどのような可能性があるか,という話をした.collider実験から得られる新物質の質量密度が宇宙のDM密度と一致すれば大満足だが,そうでない場合はいろいろ仕事ができるというyes/noフローチャートを示し,大ウケだった.とにかく3年後にはHiggs-bosonの発見が報告されるはずで,そうでない場合は自分以外の誰かを招待講演者に,として締めくくった.


Robert Myers (Perimeter Inst): Quark soup al dente: Applied string theory
LHCが稼働するまでは世界一を誇るRHIC実験の紹介.QCDのprobeが一番の課題で,QCDでのconfinment問題を解決するために,粒子の衝突でより高密度より高温なQGPを作り出し,QGPが実に良く理想流体で記述できる話をした.その後,理論的な話になり,AdS/CFT対応によって,AdS5 x S^5 with RR fluxと4-sim N=4 Super YangMills が対応していること,QCDとN=4 Super YangMillsがT=0とT≫ T_cでは全く様相が異なるが,T>T_c では良く似ていることを説明し,ゲージ理論での熱力学とBH熱力学が対応しているような話をして終了.


量子重力に関しては
Laurent Friedal (Perimeter Inst): Spin foam of the dynamics of quantum space time
粒子の散乱計算がFeynman図によって記述できるように,Spin networkはPoincare mapに対応するもので,Spinのオブザーバブルの固有値がAreaやVolumeに対応し,SpinのダイナミクスをSpin Foamという...という導入の話.第3量子化であるgroup field theory (GFT)の古典的な運動方程式は,量子的なWheeler-de Witt方程式に対応しているという話が続き,???


Renate Loll (Utrecht): The emergence of spacetime, or quantum gravity on your desktop
Regge流に時空を記述して,それを用いてgravitational path integralを定義し,"Causal Dynamical Triangulation (CDT)" という手法を開発.hep-th/0704.3214. 次元そのものがdynamicalになるようなモデルで,Monte Carloを用いて時空の次元の選ばれ方を計算すると,4次元時空がnon perturbativeに選択された,という話.これでいいのか,煙に巻かれた感じ.


その他
SteveMcMillan (Drexel): Gravitational dynamics of large stellar systems
Newtonianでの重力多体計算のレビュー.基本的なスケールや現象の説明の後,(1) direct N-body (McMillan, Aarseth), (2) Monte-Carlo (Rasio et al, Fregeau), (3) GRAPE (Makino et al)による3つのアプローチを紹介.IMBHの形成される頻度がLISAの感度の範囲で,few per yearというような結論で終わった.


Francis Everitt (Stanford): Testing Einstein in space: Gravity Probe B & STEP
Gravity Probe B 衛星による地球周回軌道での相対論の検証の話.地球重力による歳差のズレと地球の回転によるフレームドラッグの効果の測定で,一部の結果はすでに一般相対性理論の結果をよく示していることが報告されている.使っている球状のジャイロは地球の大きさに拡大しても誤差が+-2mしかない完全な球である,という事実をはじめとして,いかに精密な実験であるかということを印象づける話であった.2007年12月に詳細なデータ解析結果を発表するとのこと.


Rals Schuetzhold (Univ. Tech, Dresden): Effective horizons in the laboratory
流体の方程式における音波の伝播速度がsingularになる点をBHとのアナロジーとして捉えよう,とするanalogueモデルのレビュー.Bose-Einstein凝縮体の分散関係を用いてBH,WHのアナロジーが作れる,という話と,膨張phaseの流体でcosmologyのアナロジーができるという話の紹介.実験的には後者の方が簡単なので,数年以内には実験家が試みてくれるのではないか,とのこと.


次回のGRG19は,Mexico Cityで,2010年7月の第1週に開催される,とのことである.立候補したのは,Mexicoだけだったが,GRG組織meetingでの招致演説では,「Mexicoはonly oneで選ばれたのではなく,best oneでもあるのだ」と力説し,拍手を受けた.

会議場は,Sydneyの Darling Harbour にある Sydney Convention and Exhibition Centre にて行われた.今回は,registration feeが高額だった.GRGの会員で,early registrationをしても 600ドル(約6万円)で,しかもこの額にはbanquetもproceedingsも含まれないらしい.インターネットの利用も24時間(利用時間ではなく有効期間が24時間)22ドルのチケットを購入しないといけなかった.4年前の国際応用数学学会(ICIAM5)は,同じ場所で開かれたが,registration feeは確か2万円前後で,インターネットは近くの大学で使いたい放題だったから,この点は残念だった.