【受賞報道】2007年ノーベル賞

今年度のノーベル賞自然科学3賞の受賞者が発表された.
  • 2007年ノーベル医学生理学賞は「ES細胞」米2氏英1氏に
     受賞者は, Mario R. Capecchi(マリオ・カペッキ氏,米ユタ大教授,70歳), Sir Martin J. Evans(マーチン・エバンス氏,英カーディフ大教授,66歳), Oliver Smithies(オリバー・スミシーズ氏,米ノースカロライナ大教授,82歳). 授賞理由は「マウスの胚性幹(ES)細胞による特定の遺伝子操作を行う原理の発見(for their discoveries of principles for introducing specific gene modifications in mice by the use of embryonic stem cells)」

     遺伝子の働きを解明するために,特定の遺伝子の働きを止める操作を行ったノックアウトマウスを作り出し,病気の原因解明や治療方法が研究されている.この手法を築いた3氏が受賞した.
     エバンス氏は,分裂が進んだ受精卵から取り出した細胞を特殊な方法で培養し,ES細胞を作り出す方法を見つけた.カペッキ氏とスミシーズ氏は,標的とする遺伝子を操作できる手法を確立.1889年に,これらの技術を組み合わせ,特定の遺伝子の働きを失わせたノックアウトマウスができた.ES細胞は98年に人間でも作り出されており,将来,再生医療,移植医療を大きく発展させると期待されている.
     賞金は1000万クローナ(約1億8000万円)を3等分する.3氏は2001年に共同でラスカー賞,カペッキ氏は1996年に京都賞を受賞している.

  • 2007年ノーベル物理学賞は, 「巨大磁気抵抗効果」独仏2氏に
     受賞者は, Albert Fert(アルベール・フェール氏,パリ南大学教授,69歳)と Peter Gruenberg(ペーター・グリュンベルク氏,独ユーリヒ固体物理研究所教授,68歳). 授賞理由は「巨大磁気抵抗効果(GMR)の発見(for the discovery of Giant Magnetoresistance)」

     GMRは物質に磁気をかけることで,電気抵抗が大幅に変化する現象(この場合は増加する現象). わずかな磁気の変化でも感度よく電気信号に変換できるため,小型ハードディスクなどで情報の記憶容量が飛躍的に増すなどエレクトロニクス分野の発展に大きく貢献した.商品化されたのは2001年頃.iPodなどの携帯音楽機器にも利用されている.
     フェール氏は1988年,鉄とクロムを薄い膜にして何重にも重ねた状態にした物質を零下約269度という低温で磁気をかけると電気抵抗が50%も変わることを発見.グリュンベルク氏も同時期に,クロムを鉄で挟んだ3層の物質が,室温でも1%程度のGMRを示すことを確認した.
     賞金は1000万クローナ(約1億8000万円)を等分する.なお,2氏はこの業績で今年の日本国際賞を受賞している.受賞予想としては,GMRをさらに発展させ,マンガン酸化物を用いてCMR(Colossal Magneto-Resistance:超巨大磁気抵抗効果)を発見した十倉好紀・東京大教授の名前が挙がっていた.こちらは,現在のハードディスクの容量をさらに6倍ほど密度を上げられる技術とされている.

  • 2007年ノーベル化学賞は, 「固体表面化学」独1氏に
    受賞者は, Gerhard Ertl(ゲルハルト・エルトゥル氏,マックス・プランク研究協会フリッツ・ハーバー研究所,71歳).授賞理由は「固体表面の化学反応過程に関する研究(for his studies of chemical processes on solid surfaces)」.

     化学反応を促進させる触媒の研究に対する貢献が評価された.例えばアンモニアの合成(ハーバー・ボッシュ法)では,鉄を触媒とするとなぜ反応が進むのか,という問題が100年近く謎であったが,エルトゥル氏は電子分光法による表面解析で原子レベルでの反応を解明した.また,車の排ガス浄化に使う白金触媒の表面で起きている原子や分子のふるまいも解明するなど,表面化学の研究により,触媒が職人芸から学問として確立することに貢献した.
     賞金は1000万クローナ(約1億8000万円).エルトゥル氏は1992年に日本国際賞を受賞している.

今年は,平和賞も話題となった.
  • 2007年ノーベル平和賞は,「環境問題への取り組み」で前米副大統領のアル・ゴア氏ら
    受賞者は,Intergovernmental Panel on Climate Change (IPCC)(国連の「気候変動に関する政府間パネル」)と,Albert Arnold (Al) Gore Jr.(アル・ゴア氏,前米副大統領,59歳).授賞理由は, 「(for their efforts to build up and disseminate greater knowledge about man-made climate change, and to lay the foundations for the measures that are needed to counteract such change)」

     IPCCは温暖化問題の国際的な科学的研究機関.「自然科学的根拠」「影響」「緩和策」をテーマとした3作業部会で,130カ国・地域を超える4千人以上の科学者らが報告書を作成する.対策や国際交渉の根拠として大きな影響力を持つ.今年の5月の報告例は当サイト 2007/05/21参照.
     クリントン政権の副大統領を務めたゴア氏は,2000年の大統領選でブッシュ現大統領に接戦の末に敗北.その後,地球温暖化問題への取り組みを強めた.2007年アカデミー賞の長編ドキュメンタリー映画賞を受賞した「不都合な真実」(2006年)に出演し,地球の変化を映像やグラフで解説している( 当サイト 2006/09/03).ノーベル賞委員会は,ゴア氏を「長い間,世界をリードする環境保護論者.おそらく,世界で最も気候変動の理解を広めることに貢献した人物である」と評価した.
     賞金は1000万クローナ(約1億8000万円)で,両者で等分される.ゴア氏は賞金を自らが創設した環境保全の財団に全額寄付することを記者会見で述べている.

 授賞式はノルウェーの首都オスロで12月10日に開かれる.ノーベル賞は,それ自身,授賞に対してメッセージを込めていることが素晴らしい.