【2007年】PhysicsWebのベストニュース

イギリス物理学会誌PhysicsWebが,2007年の物理ニュース ベスト12を12月22日付で発表した.毎月のニュースから1つずつをピックアップした 形式にしており,ベストの順位を示すものではない.
形式は昨年のものと同じである.

1月宇宙のダークマター分布図 (Map sheds light on dark matter)
Cosmic Evolution Survey (COSMOS) グループは,Hubble望遠鏡や 地上望遠鏡での遠方銀河からの光の曲がり具合を調べることにより,大スケールでの初めての3次元ダークマター分布図を報告した.データは満月の数倍の大きさの角度スケールに過ぎないが, 小スケールでは,光っている物質の多い所にダークマター分布も多く,重力崩壊によって星ができたとする説をサポートし,大スケールでは銀河の位置に関係なくフィラメント状のダークマターで満たされているという.後者も宇宙の物質構成データと矛盾しない.
Dark-matter map points to galaxy formation
2月国際リニアコライダー計画発表  (International Linear Collider plans are unveiled)
国際リニアコライダー International Linear Collider (ILC) 計画が発表された.2019年までに 地下に埋められた約40kmに及ぶ直線トンネルに高エネルギー電子加速器を建設し, Higgsボゾン,exotic超対称性粒子や,ダークエネルギー・ダークマターの検出を行う計画で, 費用は,15 billionドル.規模としては,CERNのLarge Hadron Colliderに次ぐものになる. しかし,12月に報道された英国・米国での予算削減により,計画は厳しい状況にある.
Multibillion-dollar collider plans unveiled
UK pulls out of plans for ILC
US physics suffers budget setbacks
http://www.linear-collider.org/(日本語)
3月グラフェンと負の屈折率 (Graphene meets negative refraction)
グラフェン (graphene,厚さが原子1個の炭素の二次元シート) は2006年にも注目された物質だが, 理論計算の結果,電子を集めるような薄いレンズをグラフェンで作製すると,負の屈折率を持つ 可能性が3月に指摘された.
9月には,グラフェンに関して「pi欠損のミステリー“mystery of the missing pi”」と呼ばれていた電気伝導度の理論と実験の不一致問題が,解決された,と報告された.理論は正しいが,適用範囲に問題があったという.
When graphene meets negative refraction
Experiment finds graphene's missing pi
4月ニュートリノは3世代 (Rogue neutrino is ruled out)
Fermilab における MiniBooNE 実験グループは,4世代目のニュートリノは存在しない,という 実験結果を報告した.1995年に Los Alamos グループが発表した結果を追証した形.
また,別の話題として,axion 粒子の存在を初めて示したのではないか,と考えられていた 2006年3月のPVLASグループによるレーザービームの磁場による偏極の回転の実験結果は, 同グループにより,2007年7月に実験上の人工的な作用によるものだと修正された.
MiniBooNE rules out new kind of neutrino
Axions ruled out by PVLAS

5月 de Gennesが他界 (Physics loses a polymer pioneer)
液晶や高分子化合物の業績で1991年のノーベル物理学賞を受賞したフランスの物理学者 Pierre-Gilles de Gennes (ピエール・ジル・デ・ジャンヌ) が74歳で他界した.彼は細胞接着(cell adhesion) や脳神経回路 (brain function)にも関心を示しており,ノーベル賞委員会は,現代のIsaac Newtonと呼んでいた.
また,2007年は他にも,Stanford Linear Accelerator Center (SLAC) の初代所長の Wolfgang Panofsky や, ビッグバン宇宙の概念を具体化するパイオニア的な研究を行った Ralph Alpher が他界した.
Soft-matter pioneer dies
Wolfgang Panofsky: 1919-2007
Ralph Alpher: 1921 - 2007
6月LHC実験稼働は2008年に延期 (Large Hadron Collider misses 2007 start up)
3月に四重極磁石のテストを行った際に,装置の構造上のミスが見つかったため,CERNは,LHCの稼働開始を1年遅らせ,2008年の3月末か4月に行う,と発表した.実際のデータ取得はそれより2ヶ月後から開始される予定.
LHC will switch on in May 2008, says CERN
Large Hadron Collider faces delay

7月超流動固体(supersolid)の理解 (The ongoing saga of the supersolid)
固体ヘリウム4が超極低温状態で流体のように振る舞う「超流動固体(supersolid)」現象は2004年に初めて報告されたが,当初の理論的説明とされた「固体が超流体に相転移するときの格子欠陥の同相化,および格子欠陥の流体化」という理由に対し,さまざまな説や実験結果が出ている.
理論的に,原子が固体ヘリウム中をらせん転位(screw dislocation) に沿って進むから,という可能性が指摘された.また,単結晶状態でも超流動固体が観測されたことから,原子が固体ヘリウム中を結晶境界(grain boundaries)に沿って進む,というモデルが否定された.
Single crystals go supersolid
Supersolid saga continues
8月光を貯蔵 (The latest schemes for stopping light)
イスラエルのグループが, 電磁波誘起透明化(Electromagnetically Induced Transparency, EIT)と 呼ばれるレーザー制御の技術を用いて, これまでより1000倍長い,9 マイクロ秒の間,原子ガスの動きを止めること に成功したと発表.12月には,米国のグループが,光のパルスを貯蔵する簡単な方法として, 2つのレーザーと光ファイバーを利用して,音波に変換する方法を発表した.
Atoms store 2D images for record time
Light is stored as sound
9月量子コンピュータ? (Quantum computers get on the buses)
量子コンピュータを実現するためには,量子力学的な波束を破壊せずに情報を構築する手段の開発が必要である.9月に 米国の2つのグループが独立に,2つのマイクロチップ上のqubit情報を交換するデバイス(buses)を作製したと報告した.将来的には多数のqubitを扱う技術が,現在のマイクロチップで可能になると期待される.
量子コンピュータは将来的には現実化すると考えられているが,4月にはカナダのD-Waveという小さな会社が,世界で初めての量子コンピュータを開発した,と発表した.しかし,多くの人は,これを 量子コンピュータと認めていない.
Microchip ‘bus’ links up quantum bits
Quantum computing ? a commercial reality?
10月「巨大磁気抵抗効果(GMR)の発見(for the discovery of Giant Magnetoresistance)」にノーベル物理学賞 (GMR pioneers scoop Nobel Prize)
Albert Fert(アルベール・フェール氏,パリ南大学教授,69歳)と Peter Gruenberg(ペーター・グリュンベルク氏,独ユーリヒ固体物理研究所教授,68歳)の2氏に. 高密度ハードディスクの実用化で,「あなたのiPodの中にノーベル賞」とマスコミが報道.
両氏は,電子のスピンを用いたデバイス “spintronics” の原理のパイオニアであるが, 8月には,米国の研究者が,初めての silicon spin field-effect transistor (spinFET) を開発し, スピン偏極電子流をコントロールすることができたと報告.デバイスの実用化へ進んでいる.
Nobel prize recognizes GMR pioneers (当サイト 2007/10/16
Team claims first silicon spinFET

11月超高エネルギー宇宙線の由来,解明か (Cosmic-ray mystery solved at last)
超高エネルギー宇宙線の起源が長い間謎であったが,11月に Pierre Auger Observatoryのグループが, 到来方向が近隣の銀河の方向と一致することを発表した.由来が解明されたことで,研究者の関心は, どのように加速されたか,というメカニズムに移っている.
Cosmic-ray mystery solved at last (当サイト 2007/11/9
12月英米で予算削減 (US and UK physicists face funding cuts)
米国は,素粒子と核融合分野の大幅な予算削減を行うことを発表した. 次世代リニアコライダー(International Linear Collider, ILC)と国際熱核融合実験炉 (ITER fusion experiment)計画への大幅減額,および Fermilab のスタッフ200人削減. 英国でもILC計画への予算延期,高エネルギーガンマ線天文学の継続中止,Gemini望遠鏡計画中止, 地上レベルでの太陽地球物理研究施設の中止.
UK pulls out of plans for ILC
US physics suffers budget setbacks

これまでの PhysicWeb の年間トップニュース
2007年:PhysicsWeb 2007/12/22:当サイト 本日
2006年:PhysicsWeb 2006/12/22当サイト 2006/12/27
2005年:PhysicsWeb 2005/12/22
2004年:PhysicsWeb 2004/12/23
2003年:PhysicsWeb 2003/12/19
2002年:PhysicsWeb 2002/12/20
2001年:PhysicsWeb 2001/12/20