【科学普及】天使と悪魔とCERNとLHC

岩波の「科学」2009年9月号に,早野龍五氏が『「天使と悪魔」の虚と実ーー反物質研究の最前線』という文章を書かれているのを紹介したい.

「ダヴィンチ・コード」でブレイクしたダン・ブラウンの小説「天使と悪魔」は今年映画化された.(残念ながら私はまだ映画を観ていないが,)この小説は,図像学者のラングドン教授が,スイスの素粒子加速器研究所CERNで発生した殺人事件を追いかけるというストーリー. 大量に生成された反物質が盗み出されて,バチカンに爆弾として仕掛けられる,という大胆な筋書きである. ネタバレを避けるためにこれ以上は書かないが,実際にCERNで反物質研究を進めている早野氏が この小説の科学性を真面目に論じている.

早野氏のウエブサイト 物理学者とともに読む「天使と悪魔」の虚と実 50のポイントにも書かれているように, 意図は,

エンターテイメントの科学性を論じるのは「やぼ」と承知していますが、原作冒頭から「事実」として反物質のことが記されており、一般の方々には、虚実の境目が見分けにくいと考え、天使と悪魔に登場する反物質の虚実皮膜を絵解きし、我々日本グループも深く関わっているこの研究の現状についてお伝えしたかった
とのこと.実際に伝えたかった内容は,
  • CERNで反物質を作る実験をしているのは事実.
  • 原作のように1/4グラムもの反物質を作るのは不可能.
  • 反物質を容器に入れて持ち運ぶことは不可能.
  • 反物質を使って凶悪な兵器を造ることは不可能.
  • 反物質研究は,CPT対称性の検証や陽子・電子質量比の決定に貢献する基礎研究であること.
真面目な内容で結構なのだが,小説に登場するような美貌と知性を備えた女性研究者は どの位いるのかな,という私の疑問には該当する答はないようだ.

CERNでは,1周 27 km の加速器LHCが,まもなく稼働する. (2008年9月に稼働を始めたが1ヶ月でヘリウム漏れ事故が発生して中断. 2009年11月中旬に運転再開の予定).素粒子標準理論の核となるHiggs粒子を見つけるのが 最大の目的だが,もし時空が4次元ではなく高次元だとするならば,小さなブラックホールが 生成されて蒸発する可能性が指摘されている.理論物理としてはとても面白いネタで盛り上がって いるのだが,世の中にはブラックホールという言葉に敏感に反応して「危険である」とか「タイムマシンができる」とかいう噂も広がった.これらに対して,LHCの研究者は昨年の6月に安全宣言を出している.詳しくは,

http://jp.arxiv.org/abs/0806.3414
Review of the Safety of LHC Collisions
に書かれている.