米科学誌サイエンスは,12月21日号で,科学界の2009年の画期的成果
「Breakthrough of the Year」を発表した.
今年も日本語のページが早々に準備されている.
また,
2010年
注目される分野
(Areas to Watch)のページには,
2008年: 当サイト 2009/01/02:細胞の初期化
2007年: 当サイト 2007/12/24:ヒトの遺伝的多様性の解明の進展
2006年: 当サイト 2007/01/02:「ポアンカレ予想」の解決
2005年: 当サイト 2006/01/02:チンパンジーのゲノム(全遺伝情報)解読
2004年: 当サイト 2004/12/25:火星が過去に大量の塩水を持っていた証拠
1位 |
アルディピテクス・ラミダス
(
Ardipithecus ramidus
) 1994年にエチオピアで発見された人類最古の化石が,15年の発掘処理を経て,440万年前のものと特定された.この「女性」はアルディピテクス・ラミダス(Ardipithecus ramidus,アルディピテクス属のラミダス猿人)と命名された.「根」と「地面」を指すアファール語にちなんだ名称で,ヒトの系統樹の根に近い部分に位置する地上生活の類人猿であることを表わす.現在のところアルディは古代の化石骨の中で群を抜いて完全な標本であり,その化石骨125片には頭蓋骨と歯の大半,骨盤,四肢が含まれている.ドイツのネアンデル渓谷から出土したネアンデルタール人(初めて発見された人類化石),南アフリカで1924年に発見されたタウング・チャイルド,1974年のルーシー(320万年前のアウストラロピテクス Australopithecus)の発見を超える発見. |
2位 |
ガンマ線の空間を拓く
(
Opening Up the Gamma Ray Sky
)
2008年6月に米航空宇宙局(NASA)が打ち上げたフェルミ・ガンマ線宇宙望遠鏡(Fermi Gamma-ray Space Telescope)が,打ち上げから数ヵ月の間にフェルミが収集したデータをつなぎ合わせ,16個のパルサーを新たに発見した.以前から知られていた8個のパルサーのガンマ線の波動は強力で回転時間も数ミリ秒だが,これらのパルサーでは電波領域の場合と同じようにガンマ線波長でも明るいパルスを発することが分かった.この発見は電波望遠鏡による探索でも追認された.1991年から2000年まで活動したコンプトン・ガンマ線観測衛星(Compton Gamma Ray Observatory)は,感度が悪く,パルサーの発見は少数だったが,今後は観測データの蓄積により,パルサーの天体物理研究が進むと考えられる. |
3位 |
ABA受容体
(
ABA Receptors
) 植物にはアドレナリン放出下での「闘争‐逃走反応」という行動パターンはないが,これに相当するものとしてアブシジン酸(ABA)と呼ばれる化学物質による反応がある.厳しい生育環境下にある時期には,ABA濃度の上昇によって種子は休眠状態に保たれ,水分の喪失や根などの生長が抑制される.この重要な植物ホルモンの受容体を,5月,2つの研究チームが異なるアプローチで同定した.ドイツの研究チームは,ABAの作用を促進することが判明しているABI1およびABI2と呼ばれる酵素に結合する蛋白質を探ることによってABA受容体の同定に迫った.彼らは2つの蛋白質を発見し,「ABA受容体制御成分(regulatory component of ABA receptor:RCAR)」と命名した.カリフォルニアの研究チームは,ABAの作用を促進するピラバクチン(pyrabactin)と相互作用を示す物質を突き止めることによってABA受容体を同定し,PYR1と命名した.両研究グループは,それぞれが同定した受容体が,14個から成る同じ蛋白質ファミリーに属していることを発見した. |
4位 |
単極子に似た擬似粒子,発見される
(
Mock Monopoles Spotted
) イギリスの理論物理学者であるPaul Diracによって,1931年に導入された磁気単極子(magnetic monopole)は,いまだにその存在が確認されていないが, 2つの研究チームが磁気リップル,つまり,磁性結晶内で単極子のようにふるまう「擬似粒子」を作ることに成功した.9月に報告された単極子は,チタン酸ホルミウムやチタン酸ジスプロシウムといったスピンアイスとして知られている物質の中にのみ存在する.それらの物質の中では,氷の中の水素イオンのように,四角錐もしくは四面体の各頂点でホルミウムもしくはジスプロシウムの磁気イオンが回転する.低温では四面体内で2つのイオンはN極が内向き(四面体の中央を向く),残りの2つのイオンはN極が外向きになっている.1つのイオンが反転すると,3つのイオンN極が内向きのアンバランスな四面体が1つ,また1つのイオンのN極が内向きの四面体が1つできる.スピンの反転が続くと,アンバランスな状態が自由に拡がり単極子のようにふるまう.単極子の存在は,電磁気力・弱い核力・強い核力を1つのものの異なった側面であると捉える「大統一理論(grand unified theories)」によっても予測されている. |
5位 |
長寿と繁栄
(
Live Long and Prosper
) ラパマイシンという化合物によるマウスの延命が明らかになり,初めて薬物で哺乳類の寿命が延びた.米国の3つの研究所が,ヒトの60歳に相当する生後600日のマウスへラパマイシンを含んだ餌を与えたところ,寿命は9〜14%延びた.医師は腎がんの治療や移植臓器の拒絶反応を抑えるために,ラパマイシンを処方する.ラパマイシンは,タンパク質合成から細胞分裂まで,すべてに関与するTOR経路を阻害する.しかし特異的な死因を修復することはなかった.マウスは潰瘍や心不全といった加齢によるあらゆる慢性病を発症していた.また,ラパマイシンがカロリー制限(CR)と同じように働くとは考えられなかった.CRが長寿につながるかもしれないというアカゲザルによる実験はあるが,別の問題のようである. |
6位 |
月表面の氷の謎が明らかに
(
An Icy Moon Revealed
) 月の極付近の永久影のクレーター,カベウス(Cabeus)に向けて,重さ2トンのロケット部分を時速7,200kmで衝突させたところ,数リットルの水が目撃された.月面衝突探査機エルクロス(Lunar Crater Observation and Sensing Satellite:LCROSS)のミッションは,衝突時の水煙に水蒸気,氷,そして水由来のヒドロキシ基の存在を示すスペクトルの明確な特徴を認めるとともに,水源の証拠も公表した.センサーは,水氷とともに埋まっていた一酸化炭素,メタン,メタノールといった分子も検知した.これらは彗星や氷状小惑星で発見される種類の化合物であり,したがって,少なくとも月面の数ヵ所には,数十億年の間に月面に衝突した天体の痕跡が認められる可能性もある. |
7位 |
遺伝子治療再び
(
Gene Therapy Returns
) 遺伝子治療(DNAを修復して機能不全に陥っている細胞の回復を図る治療)は,単一遺伝子の異常による疾患に対する素晴らしい解決策として期待されているが,1990年にヒトを対象とした初の研究がスタートして以来,数々の技術的な問題や頓挫に直面してきた.2008年はついにいくつかの難治性疾患の治療に成功したという報告があった.
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8位 |
グラフェンが好調
(
Graphene Takes Off
) 2004年に英国の研究者が,グラファイトの塊から炭素原子の単原子層シートをはがす簡単な方法を発見して以来,グラフェン薄膜の研究が急速に進んでいる.2008年は,新たな基本的洞察をはじめ,大きなグラフェンシートをつくり,それを新たなデバイスに応用する方法など,一連の発見に至った.
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9位 |
蘇ったハッブル (
Hubble Reborn
) 5月にスペースシャトル「アトランティス」のクルーによる11日間に5回の宇宙遊泳を通じた修理が成功し,ハッブル宇宙望遠鏡(HST)が19年前に打ち上げられて以来最高の画像を撮影するようになった.HSTの寿命はあと5年延びた. 広視野カメラ2(Wide Field Camera 2 :WFC2)の新しい広視野カメラ3への交換(画像解像度は10倍以上),紫外線分光器(Cosmic Origins Spectrograph:COS)の取り付け(これによってHSTの紫外スペクトルの観測能力が高まる),また既存の2つの装置,掃天観測用高性能カメラ(Advanced Camera for Surveys:ACS)と宇宙望遠鏡撮像分光器(Space Telescope Imaging Spectrograph:STIS)の調整などが含まれる. 9月9日,NASAはミッションの結果を公表し,バタフライ星雲やケンタウルス座のオメガ星団(球状星団として知られる)をはじめ,驚嘆すべき数々の恒星の壮観な画像を公開した.HSTが仕事を再開したのである.現在,HSTのデータを用いた科学的研究が急ピッチで進められている. |
10位 |
世界初のX線レーザーの光
(
First X-ray Lase Shines
) 4月,米国SLAC国立加速器研究所(SLAC National Accelerator Laboratory)で,世界初のX線レーザーが稼働した.線型加速器コヒーレント光源(Linac Coherent Light Source:LCLS)と呼ばれる130メートルもある新型施設は,研究所の3kmに及ぶ線型粒子加速器によって作動する. 輝度が従来のX線源の10億倍というLCLSは,パルス幅も200万分の1ナノ秒と短く,進行中の化学反応の静止画像も十分に撮影することができる.LCLSは原子スケールの空間分解能と時間分解能とを兼ね備えた初の装置である.また,コヒーレント量子波でX線を発生させるため,研究者は従来のレーザー用に開発された技術を借用することもできる.10月にはLCLSを使った実験がスタートした. |
- 人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell,iPS細胞)を用いた治療法の進展
- 国際宇宙ステーションでのアルファ磁気スペクトロメータ(粒子物理学実験装置 Alpha Magnetic Spectrometer,AMS)の稼働開始
- ヒトゲノムのたんぱく質コード域の塩基配列解析(エクソーム解析)の進展による遺伝性疾患の遺伝的原因解明
- がん細胞の代謝のねじれ(quirk)が,ようやく新しい治療によって元に戻るかどうか.
- 有人宇宙飛行
米国のスペースシャトル全機が,2010年9月に引退.現在のアレスロケット設計を採用するか,既存の使い捨て型ロケットの改良機を使用するか,あるいは営利企業に安いオプションを要求するか,決断が迫られる.また,オバマ大統領は次の10年間に月に向かうのか,小惑星に向かうのか,火星の月に向かうのかも決める予定.
2008年: 当サイト 2009/01/02:細胞の初期化
2007年: 当サイト 2007/12/24:ヒトの遺伝的多様性の解明の進展
2006年: 当サイト 2007/01/02:「ポアンカレ予想」の解決
2005年: 当サイト 2006/01/02:チンパンジーのゲノム(全遺伝情報)解読
2004年: 当サイト 2004/12/25:火星が過去に大量の塩水を持っていた証拠