【物理学史】パリティ誌記事『EinsteinとPhysical Review』

丸善の「パリティ」誌には,アメリカ物理学会誌「Physics Today」の翻訳が掲載される. 昨年2005年は,Einsteinに関する記事がPhysics Todayに多く載り,その翻訳ものが,パリティに今,掲載されている. パリティ5月号にあるダニエル・ケネフィックによる「アインシュタインと『フィジカルレビュー』誌の碓執」という記事[1]が 面白かったので,紹介したい.

Einsteinは,一般相対性理論の完成後,数ヶ月後には重力放射(重力波)という概念を導入した.電磁放射とのアナロジーから 非常に自然と思われていたため,1930年代には多くの科学者がその存在を原理的には信じるようになっていた. しかし,Einstein自身は,「重力波は存在しない」という論文をRosenと共に執筆し,1936年にPhysical Review誌 に投稿した.

Physical Reviewの編集者は,1ヶ月後,査読者による10ページに及ぶ間違いを指摘するレポートをEinsteinに返送する. 自らの論文が査読者に渡り,かつ再考を促されたことに対してEinsteinは激怒し,投稿を取り下げ,以後Physical Review誌に 論文を投稿することはなかった,という.当該論文はその後,フランクリン研究所紀要に投稿され,直に受理されたが,著者校正の 段階で,結論が180度変更されることになったという.現在では,「重力波は存在しない」との結論に至った論文原稿は 存在していないらしいが,平面重力波の厳密解研究から,Einstein方程式が特異性のない周期的な波動解を全く持たないことが 示されるので,この事実を根拠に重力波を表す解が存在しない,と導いたのではないか,と考えられるという.(今日では 平面重力波の厳密解では,座標特異性が存在することが知られているが,当時は座標特異性と物理的特異性を区別する手法は 確立していなかった.)

編集者はTate,査読者はRobertsonであったことが[1]で述べられている.Robertsonは,Einsteinが査読レポートに 拒絶反応を示したことを知り,Einsteinの助手Infeldに,論文の誤りを指摘したという.InfeldがEinsteinに,この話を 伝えたことが,著者校正時に結論が変わった理由だと考えられるらしい.つまり,Robertsonは,論文査読を行い, なおかつ誤った結論のままEinsteinが論文を出版して不名誉になることを,別の手段で穏便に阻止したことになる. Robertsonの論文査読は依頼から11日で返送されていたという.

以上から,学ぶべきことをまとめると,次のようになるだろうか.

  • 自分の考えに抗する考えには,感情に走らず,謙虚に耳を傾ける.
  • レフェリーになったら,きちんと真摯に対応する.

アインシュタインの間違いをまとめたページを作った.

[1] D. Kennefick, Physics Today 58 (2005-9); (パリティ, 21 (2006-5) に邦訳あり.訳:小玉英雄 )