【科学政策】NASA科学予算の大幅削減

日経サイエンス2006年8月号に翻訳記事として掲載されている「NASAの逆噴射」(原文はScientific American誌,号不明)では,2年前のブッシュ大統領の 「有人月旅行計画」発表の実現のために,NASAの科学研究予算が大幅に凍結されていることが報告されている.

ブッシュの新宇宙開発戦略(本サイト 2004/1/19) では,当初から予算不足が心配されていた.それでも,昨年の9月の時点では,NASAのMichael Griffin長官は,「有人月旅行計画のために,他の科学研究費は削らない」と明言していた.しかし,今年2月に発表されたNASAの予算では, 科学研究費は20%(64億ドル)削減され,同じGriffin長官が「国際宇宙ステーションを完成させ,有人宇宙飛行船CEVを 2014年までに稼働させることは,この期間の科学研究よりも優先される」と発言したという.

中止,延期された科学計画は以下の通り.

中止 深宇宙気象観測
フーリエ変換分光静止衛星(GIFTS)
ハイドロス衛星
木星氷衛星周回機(JIMO)
ケック・アウトリガー望遠鏡
火星探査シリーズ(2011年開始)
火星周回無線衛星
核分光望遠鏡アレイ(NuSTAR)
無期延期 コンステレーションX
宇宙空間重力波レーザー干渉計(LISA)
火星からのサンプルリターン
赤外線天文学成層圏天文台(SOFIA)
地球型惑星探査機(TPF)
1-3年の延期 全球降水観測ミッション(GPM)
ランドサットデータ連続ミッション
極軌道環境観測衛星システム(NPOESS)
軌道上炭素観測装置
宇宙干渉計ミッション(SIM)
広視野赤外線サーベイ衛星(WISE)
ずいぶんと乱暴な決定に対して,記事では「節約のつもりが無駄になる恐れ」と警告している.個人的には,次世代の 重力波観測のLISA計画が棚上げされてしまったことが非常に残念である.計画の中止は,直接関わる研究者だけではなく, その分野の研究者のmotivationをずいぶんと削減してくれる.

1992年にクリントン政権が SSC (Superconducting Super Collider、超伝導超大型加速器) 計画(建造予算80億ドルのうち, 既投資20億ドル)を中止したことは,巨大科学の方向転換と言われた. SSCは,宇宙ステーション計画・ヒトゲノム計画と並ぶプロジェクトとして位置づけられていたが,予算の規模や,成果の還元の点 からは,中止は仕方なかったのかもしれない.米国の一般相対論の研究者は,SSCの二の舞を踏まないように, Richard IssacsonやBevery BergerをNSFに送り込んできた.そのおかげでLIGO重力波干渉計は予算が通って運用に 至った(と研究者間では慕われている)のだが,今回のLISAの延期は彼らの力も及ばなかったことを示している. 一般受けの良い「宇宙計画」だけを優先してしまうことは,単なる政治家のパフォーマンスとも言えるのではないだろうか. 功罪は,もっと論じられてもよいだろう.

日本でも, 「20年後に有人宇宙飛行」という計画(本サイト 2005/4/12)があるが, アメリカのこのような乱暴さは絶対に真似してもらいたくないものだ.