【宇宙物理】WMAP 5年目のデータ報告

宇宙背景輻射(Cosmic Microwave Background, CMB)のゆらぎを詳細に調べるWMAP衛星 (Wilkinson Microwave Anisotropy Probe) の5年間の観測データがプレプリントで公表された.

arXiv:0803.0547 Cosmological Interpretation
arXiv:0803.0577 Source Catalog
arXiv:0803.0586 Likelihoods and Parameters from the WMAP data
arXiv:0803.0593 Angular Power Spectra
arXiv:0803.0715 Galactic Foreground Emission
arXiv:0803.0732 Data Processing, Sky Maps, and Basic Results

WMAP衛星が見ているのは,宇宙誕生後 37万5900年(+- 3100年)の頃の宇宙の晴れ上がりの時刻で, 水素原子が形成されて光子が直進できるようになった時の様子であり, 宇宙膨張によって現在2.7Kの温度のプランク分布をしている背景輻射である. 2001年に打ち上げられたWMAP衛星のデータは,2003年に初期1年のものが(当サイト 2003/02)を公開し,これまでに,

  • 「平坦な曲率で,一様な密度分布を仮定したフリードマン宇宙モデル(ビッグバン宇宙)」で宇宙は非常に良く近似されること
  • 宇宙の物質分布の大部分が加速膨張を引き起こす正体不明の物質「ダークエネルギー」と,光らない「ダークマター」とから成り立っていること
を明らかにした. 2005年には3年分のデータ WMAP3 が(当サイト 2006/06/30)公開され,
  • 6つの宇宙パラメータ(matter density, Omega_m h^2, baryon density, Omega_b h^2, Hubble Constant, H_0, amplitude of fluctuations, sigma_8, optical depth, tau, and a slope for the scalar perturbation spectrum, n_s)の決定した.
  • 光子の偏光データより,スペクトル指数 n_s < 1 が好まれることを示し,最もシンプルなインフレーション宇宙モデルが満足されることを示した.
今回の5年目のデータ WMAP5 では,光子の温度ゆらぎをさらに精密に解析することにより,
  • 角度スペクトルの3つ目のピークを特定することにより,密度ゆらぎの平坦化にニュートリノが寄与していたことをCMB観測のみから結論付けた.ニュートリノの世代数は 4.4+-1.5 であり,3と矛盾せず,すべてのニュートリノ質量の上限が 0.61eVであることも示した.
  • スペクトル指数 n_s = 0.960+-0.014 となった.さらにCMBゆらぎに対する重力波による寄与 tensor-scalar ratio r=0.2 が示され,インフレーションモデルに対して強い制限を与えることになった.
も結論した.

原論文では,Ia型超新星のデータ(SuperNova Legacy Survey, SNLS; Astier et al, A&A 447 (2006) 31, SupErNovae trace Cosmic Expansion, ESSENCE; Wood‐Vasey et al, ApJ 666 (2007) 694)とバリオン共鳴振動のデータ(Baryon Acoustic Oscillations, BAO; SDSSデータPercival et al, MNRAS 381 (2007) 1053)を組み合わせた信頼度68%のデータとして, 以下のものを公表している.

バリオン密度 Omega_b h^2 0.02265 +- 0.00059
CDM密度 Omega_c h^2 0.1143 +- 0.0034
宇宙項密度 Omega_Lambda   0.721 +- 0.015
スペクトルの冪    n_s 0.960 +0.014−0.013
電子散乱深度 tau 0.084 +- 0.016
曲率ゆらぎスペクトル Delta_R^2 (2.457+0.092−0.093) ×10^{−9} at k=0.002 Mpc^{−1}
これらの結果から換算された宇宙パラメータは,
ハッブル定数 H_0 70.1+-1.3 km/s/Mpc
宇宙年齢t 13.73+-0.12 Gyr (宇宙年齢は137.7億年)
速度分散 sigma_8 0.817+-0.026
バリオン密度 Omega_b 0.0462+-0.0015
CDM密度 Omega_c 0.233+-0.013
物質密度 Omega_m h^2   0.1369 +- 0.0037
再結合赤方偏移  z_{reion} 10.8+-1.4

ここで, Omega_m = Omega_c + Omega_b + Omega_neutrino
(物質密度)=(CDM密度)+(バリオン密度)+(ニュートリノ密度)

Omega_m + Omega_r + Omega_k + Omega_Lambda = 1
(物質密度)+(重力波密度)+(曲率)+(宇宙項)=1

である.

ニュートリノは,再結合時の1/10の時刻で生成され,当時は12%の原子,63%のダークマター,15%の光子から構成される宇宙であり,ダークエネルギーは無視できる程であった. これに対して現在の宇宙の組成比は,4.6%が原子,23%がダークマター,72%がダークエネルギー,ニュートリノが1%以下であり,全体の95%が見えていないもので説明されることになった.

PhysicsWeb 2008/03/12