Nobel賞の受賞者発表が間近になり,今年もThomson ISI社が論文の引用頻度から見た
受賞者予想を発表した.
このサイトでは,
2004年の予想記事,
2005年の予想記事,および
2006年の予想記事
を紹介しているが,今年も概要をまとめておこう.
今年は,昨年とはまったく違う人々をCitation Laureate(論文引用賞受賞者)として紹介している.ちなみに,昨年はThomson Scientific Laureates (トムソンサイエンティフィック栄誉賞)という名前だった.科学3賞のみ紹介する.
物理学 |
宇宙論への多大なる貢献,及びそれ以上のガンマ線バースト現象に対する最近の研究に対して
Martin J. Rees, F.R.S. |
ニュートリノ振動現象の発見とニュートリノ質量の存在に対する指導的役割に対して Arthur B. McDonald 戸塚洋二 | |
物理と化学双方に革命をもたらしたカーボンナノチューブに対する先駆的研究に対して 飯島澄男 | |
化学 |
有機,有機金属,生物有機に関する広い貢献に対して Barry M. Trost |
エポチロンや抗癌剤などの,
生物的に活動的な有機化合物及び天然物合成に対する先駆的研究に対して Samuel J. Danishefsky | |
有機化学合成に対する方法論をはじめとする多くの貢献に対して Dieter Seebach | |
生理学・医学 |
ニューロン新生の革命的な発見に対して Fred H. Gage |
タンパク質の折りたたみにおける分子シャペロンの役割の理解に対する貢献について R. John Ellis F. Ulrich Hartl Arthur Horwich | |
TGF-beta (transforming growth factor-beta)及びその細胞制御・腫瘍形成・転移に対する役割の研究に対して
Joan Massague |
若干分析を試みよう.
- 今年のThomson ISI社の予想方法は,自社の引用頻度データだけではなく,その分野のパイオニア的な貢献者であることや他賞受賞のデータを加味している点が新しい.これまで数年間,完全なる的中がなかったため,引用頻度データだけでは予想にならないと方針を修正したものと考えられる.
- そのためかどうかは,不明であるが,今年の候補者の顔ぶれは,(科学3賞ともすべて)昨年までと総入れ替えになった.
- 物理分野では, 昨年の予想では,「インフレーション理論」「巨大磁気抵抗効果」「光ファイバー通信ネットワーク」の3分野を選出していた.本年は,「宇宙論」「ニュートリノ」「カーボンナノチューブ」の3分野である.学問には流行があるが,これほど大きく予想が変わるとは意外でもある.しかし,いずれの分野も,ノーベル賞が好む「実証に基づく科学」であり,かつての「超弦理論」分野などの突飛な予想は出なくなったのは正しい傾向である.
- さて,予想に関してであるが,昨年のノーベル賞は「宇宙背景放射のCOBE衛星による観測的実証」であったから,今年も宇宙分野からというのは難しい.Rees氏は,確かにこれまで宇宙物理の分野で多くのパラダイムを創ってきた人であるが,その理論中心の姿勢は実証主義を掲げるノーベル賞の方針とは必ずしも一致していない.
- 「ニュートリノ」分野も,分野の中で見るのであれば,おそらくこの2人になるであろうが,小柴氏の受賞(2002年)の記憶がまだ新しいので,これもまだ尚早ではないだろうか.
- このように考えると,今回の予想では「カーボンナノチューブ」の飯島氏が可能性が最も高いと思われる.
- ただし,数年前の文献がすでに引用されなくなってしまうような進展が速い分野が隠れている可能性もある.Bose-Einstein凝縮体をターゲットにした物性実験の受賞者が10年ほど前に数件続いてその後途絶えているが,その当時は,「この実験技術にノーベル賞を与えないと次の人に与えられない」状況だと報じられていた.(実際,戸塚氏の受賞には,その前に小柴氏の受賞が必要である,とも2002年に言われていた).理論的な貢献や宇宙関連のノーベル賞受賞が5年ほど続いているので,今年は物性実験の可能性も高い.
- 数年前の予想受賞者顔ぶれの中で,今年も有力と感じられるのは,「外村彰+Yakir Aharonov」による量子論の原理的実験,「中村修二」の青色ダイオード,「十倉好紀ら」の電子型銅酸化物超伝導体,「小林誠+益川敏英」の3世代クォーク模型である.いずれも日本人が活躍している.
今年の受賞者発表は,10月8日から生理学医学賞・物理学賞・化学賞の順で行われる.