【受賞報道】ノーベル賞 科学3賞発表

今年度のノーベル賞自然科学3賞の受賞者が発表された.
  • 2006年ノーベル生理学医学賞は「RNA干渉」米2氏に.
    受賞者は, Andrew Z. Fire(アンドルー・ファイアー氏,米スタンフォード大,47歳)と, Craig C. Mello(クレイグ・メロー氏,米マサチューセッツ大,45歳)の2人.受賞理由は 「二重鎖RNAによる遺伝子の発現が阻害現象「RNA干渉」の発見(for their discovery of RNA interference - gene silencing by double-stranded RNA)」. 両氏は98年の共著論文で,細胞の中にわずかに存在する2本鎖状のRNA(リボ核酸)が、1本にほどけて伝令役のRNAに取り付くと、その部分の遺伝子が働かず,たんぱく質が合成されない「干渉」が起きることを線虫を使った実験で報告した. この現象は人間にも共通しており,生体内でもこうした二重鎖RNAが作られ,有害な遺伝子の発現が抑えられている場合があることも発見され,現在ではこの機能を応用して網膜の加齢黄斑変性症やC型肝炎、エイズ、がん、ホルモン異常などの治療薬の研究が進んでいる. 賞金1000万クローナ(約1億6000万円)は2者で折半される.
  • 2006年ノーベル物理学賞は「宇宙背景輻射ゆらぎの観測」米2氏に.
    受賞者は, John C. Mather(ジョン・マザー氏,米NASAゴダード宇宙飛行センター,60歳)と, George F. Smoot(ジョージ・スムート氏,米カリフォルニア大バークリー校,61歳)の2人. 受賞理由は,「宇宙マイクロ波背景輻射の黒体輻射性と非等方性の発見(for their discovery of the blackbody form and anisotropy of the cosmic microwave background radiation)」. 両氏は,宇宙背景放射観測衛星COBE(コービ,COsmic Bakground Explorer)を1989年に打ち上げ, ビッグバン膨張宇宙モデルの確かな証拠としての,温度2.725Kに相当する黒体輻射が存在することを明らかにすると共に, その輻射に10万分の一の値で非等方なゆらぎが存在することを示した(1992年).後者のゆらぎの存在は,宇宙の歴史に於いて, その後の星や銀河形成の種になったと考えられ,宇宙論研究を精密科学に転換させる業績になった. 賞金1000万クローナ(約1億6000万円)は2者で折半される.
  • 2006年ノーベル化学賞は,「RNA転写」の米1氏に.
    受賞者は, Roger D. Kornberg(ロジャー・コーンバーグ氏,米スタンフォード大,59歳)の1人.受賞理由は, 「真核生物における遺伝情報転写の分子レベルの研究(for his studies of the molecular basis of eukaryotic transcription)」. DNAに蓄えられた遺伝情報が,酵素の働きで伝令RNA(mRNA)で合成される「転写」のメカニズムを, 膜に包まれた核を持つヒトなど真核生物で研究した. 2001年には酵母で、mRNAを合成する「RNAポリメラーゼ2」という酵素の構造を決定し解析した. 将来的に,病気の治療や体の細胞や臓器の成長の制御につながると期待されている. コーンバーグ氏の父親は、DNAを合成する酵素DNAポリメラーゼを発見した業績で, ノーベル医学生理学賞を受賞(1959年)している. 親子2代の受賞はこれで7組だとか.

今年はすべての受賞者がアメリカだった.スタンフォード大が2人.Thomson ISIの予想は, 最近4年間はすべて外れとなった.今年,生理学医学賞を受賞した2人は,昨年 Newton誌が予想していた 人物であった.

以下,物理学賞についてのコメント.

高温の物体からは,プランク輻射と呼ばれる,ある決まった 周波数分布を持った光が放たれる.宇宙の初期は,ビッグバンの爆発で高温だったと 考えられるので,プランク輻射の残骸があるはずで,ビッグバンの証拠を 探そうと,宇宙にまんべんなく広がる電磁波(雑音のようなもの)を観測することが 宇宙論の重大な課題になっている.

地上の電波観測で,温度3Kに相当する雑音を発見(1965年)した Penzias ペンジアスと Wilson ウィルソンは, もともと宇宙の研究目的ではなかったが,「どうしても取り去れない温度3K程度の電磁波雑音が存在する」 ことを発見し,これが宇宙の背景放射の発見に結びついたことで,Nobel物理学賞を受賞(1978年)した. かつて高温だった宇宙の名残が,今では3Kの温度にまで下がっている,ということから, 膨張宇宙モデルが確固たる地位を築いた.

今回の受賞となったのは,人工衛星で,このデータを詳しく測ったもので, 1992年に発表された観測結果では,見事にプランク分布曲線が描かれて,「まさに理論 どおり」と研究者は感嘆した.さらに,COBE衛星のデータは,このプランク分布曲線には 10万分の1程度の有意なゆらぎがあることも示し,これによって,かつてのビッグバン爆発から 銀河・星形成への種の存在が明らかになった.宇宙論的には,この「種」の発見の方が インパクトがあったといえる.構造形成の初期値が与えられたことで,数値シミュレーション等の 結果と共に,ダークマターの存在などが予想されるようになった.

現在では,宇宙背景輻射は,WMAP衛星によって,もっと詳しく調べられている. 背景輻射の揺らぎの角度依存性を見ることで,構造形成や宇宙膨張則の詳細なモデル決定が 可能になり,宇宙の年齢が137+-1億年であることが3年前に報告された. 今年のデータでは,宇宙初期のインフレーション膨張モデルとも矛盾しない,と発表され, 話題になっている.

10年前には,宇宙は100億年なのか,150億年なのか分からず,いろんな宇宙モデルを 作って遊べたのだが,最近では,そんなことも出来なくなり,研究分野としては, ちょっと窮屈になったかな,という感じである.

本サイトでは, 9月29日記事で 「インフレーションモデルの提唱よりも,COBEやWMAPの方がノーベル賞に近い」とコメントしていたが, 当たり!

2005/10/06 本サイト 2005年ノーベル賞受賞者
2004/10/10 本サイト 2004年ノーベル賞受賞者
2003/10/10 本サイト 2003年ノーベル賞受賞者
本サイト ノーベル物理学賞受賞者一覧