2006年9月アーカイブ

アメリカ物理学会(APS, American Physical Society) の 重力物理グループ(Topical Group on Gravitation) が半年に一回発行しているMatters of Gravityの2006年秋号がプレプリントサーバgr-qc/0609045 に掲載された.一般相対性理論の研究会レポートを中心として,これまで14年間Pullin氏が編集役としてスタイルを築いてきたが,今回からGarfinkle氏とComer氏にバトンタッチしたようである.(年齢的には3者とも同世代だが).

さて,今号では,一般の人にも面白いネタとして, 「Teaching General Relativity to Undergrads(一般相対性理論を学部学生に教える)」というComer氏による研究会レポートがあった.量子力学は,理学・工学の分野で広く教えられているのに対し,一般相対性理論はそのマイナーさ故に物理学科の学生のみに特権的に教えられてきたのは,どの国でも共通の事情である.ところが,最近アメリカでは,科学に興味を持たせる意味で,E=mc^2 という超有名な公式を含め,物理を専門としない学生や高校生に対しても相対性理論を教えよう,という動きが出てきているらしい.(もっとも,カーナビに実装されているGPSのソフトウェアには,一般相対性理論の式を使った補正が必要なので,一般相対性理論は既に日常生活に欠かせないものとなってはいるのだが).

研究会自体は,7月20日-21日にSyracuse大学で開かれた.研究者と共に高校の先生も参加する形で,「重力波とLIGO干渉計」「Newton物理との違い」「GPS」「ブラックホール」などとテーマを絞ってレクチャーが行われ,教科書のスタイルも「物理が先で数学が後」型と「数学が先で物理が後」型に分けて議論が進められたらしい.

今回の討論を元にして,一般相対性理論の教材をネット上にまとめて掲載する予定だそうで,ニュース記事では教材を募集している.相対性理論だけではなく,すでに物理・宇宙分野では,教材のサンプルをボランティアで(もちろん匿名ではないが)共有できるサイト comPADREがあり,そこに分野を加えるそうだ.

comPADREは,Communities of Physics and Astronomy Digital Resources for Education (物理と天文教育のためのデジタル教材コミュニティ) の略らしいが,頑張って,compadre(親友)にこじつけた跡がアリアリ. 相対性理論以外の分野では,すでにいろいろ教材が置かれていて,レベルも目的もさまざまだが,クイズ形式で自動採点JavaScript付きウェブページなど,日本語に訳しただけで使えそうなものも結構ある.私も,物理専門ではない学生に,相対性理論を教える立場になったが,いつかはノウハウを蓄積して,ここに貢献してみたい.日本でもこのような教材交換サイトを推進しても面白いかもしれない.早速,天文教育普及研究会を見つけ,入会してしまった.

岩波の「科学」 2006年9月号は,「疑似科学の真相/深層をよむ なぜ信じてしまうのか」という特集である.なかなか面白い. 正統な(or 正当な)科学から考えればとんでもない事実が世の中に多く広がっており,その原因を探るのが主旨ではあるが,逆に,そんな話があったのか,と逆読みで楽しめてしまう.ヤブヘビとはこういうことを言うのだろう。

解説では「血液型性格判断」「マイナスイオンは健康にいい」「ゲームをしすぎるとゲーム脳」「民間のアトピー療法」などなど,ちょっと科学っぽいものに騙されてしまう危険を紹介している.「マイナスイオン」商品を発売しているメーカーの言い分は,「マイナスイオンを発生させることは事実だが,それを健康に良いとは宣伝していない」というもの.儲かる者がいるから,こういう話は尽きることがないのだろう.

アメリカでは,創造論の変化形として「生物の進化の背後には何らかの知的な計画があるはずだ」というIntelligent Design説が台頭しているらしい.神という言葉を出さないのがミソで,この論陣で進化論と張り合う勢いだとか.「人類は月に行っていない」(国家の謀略説)とか,「宇宙人は共産主義者である」(宇宙人は地球に来れるほどの素晴らしい科学技術力を持つのに,UFOはよく墜落する.高度な技術を持ちながら品質管理が悪いのは共産主義だからだ)という説は,まだ可愛いものの,ID説は宗教的な道具として強硬に推進される可能性があるから厄介である.

昨今,水に優しい言葉をかけてから凍らせると,結晶の形が変わる,という話が広まっているらしい.本屋で写真集を見つけたときは,単なる「とんでも本」の類なので,いずれと学会が,とっちめてくれるだろう,位に考えていたのだが,最近では道徳の時間に利用する小学校もあるとか! 幸い,ウチの子供たちの小学校は無事だったが,非科学的なことを平然と受け入れてしまう教師側や保護者側の土壌の問題でもあろう.

この話をしたら,知人が,今年3月の物理学会でのシンポジウム 「『ニセ科学』とどう向き合っていくか?」のページを教えてくれた.企画した田崎晴明氏は, 「水は答えを知っている」書評 もwebに掲載している.ちょっと長いが,教育に携わる人には是非一読していただきたいものだ.

「ニセ科学を批判し、社会に科学的な考え方を広めるのは学会の重要な任務の一つだ」とする佐藤勝彦物理学会前会長の言葉もあるが,任務はすべての教育者にある.

 最近,惑星の定義が決められ,冥王星が降格した.冥王星は他の惑星とくらべて小さく,冥王星より大きな太陽系天体が発見されるに及んで,惑星の定義が国際天文学会で議論され,投票された結果だ(詳しくは,ここ).

 投票ではあったが,科学的な視点に基づいて冥王星を矮惑星に降格としたので,科学者は納得するだろうと思いきや,冥王星に思い入れの強いアメリカ人の天文学者達が復活へ向けて署名運動をしているという.アメリカ人がこだわるのは,冥王星を発見したのがアメリカ人だったからで,キリスト教的世界観を揺さぶる惑星の発見に貢献した「西半球唯一の惑星発見者」でもあるからだそうだ.一般人には,冥王星発見の1930年に登場したディズニーの犬がplutoという名前なのがこだわりの原因になっている.

 惑星と聞いて思い出すのは,Gustav Holst の組曲「惑星」である.私は,高校のブラスバンド時代,この曲が好きで,スコアを読んで全曲歌える位熱中した.作曲されたのは,第一次世界大戦の前年の「火星」からで,組曲は火星・金星・水星・木星・土星・天王星・海王星の7曲からなる.最後に作曲されたのは「金星」だったはず.当時知られていなかった冥王星は入っていない.当時の人々にとっては,海王星が太陽系の果てであり,海王星の最後の部分は女声合唱で宇宙の彼方へフェードアウトしてゆく深遠さがある.

 冥王星が降格したので,『「惑星」の組み合わせは,結局,これで正しかったことになる.』とwebに書いたら,「冥王星という曲が2002年に作曲されていた」という情報を見つけた.Colin Matthewsが「冥王星Pluto - The Renewer」という曲を追加で作曲し,最近の「惑星」CDには収録されているものもあるのだそうだ.今,話題になっているらしく,調べたら,iTunesでは,ラットルの最新版に集録されていて,冥王星だけ150円でダウンロードできる!

 音楽のバラ売りには心が痛むものの,150円で聴けるなら,と名前を登録して,初ダウンロード体験.(クレジットカードで150円の買い物というのも初体験).めでたく冥王星を手に入れた.

 曲は,残念ながら,うーん,ちょっと違うんじゃないのー,という印象.Holst後70年余も経つと,曲が妙に現代音楽になっていて「うたえない」.せっかく静かに終わっている海王星の続きとしては,ストラビンスキー的な流れは,ちょっとついていけない感じがした.

 というわけで,冥王星の降格に賛成.

百科事典を書く

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 図書館で雑誌を読んでいたら,「今後のインターネットビジネスを語る上で3つのキーワードを挙げるとすれば,Googleとmixiとwikipedia」との解説があった.Googleは検索サイト,mixiは会員制掲示板,wikipediaは誰でも参加できる百科事典である.そういえば最近は,Googleで検索すると,wikipediaのページがトップに表示されることが多い.誰でも参加できることから,誰も責任を持たない文章である可能性が大きいが,英語版のwikipediaの内容は専門家から見てもまともな内容が多い,という新聞報道も最近あった.

 試しに,相対性理論のページを見てみたら,なんと素人な文章なこと.随所に間違いや誤解も多々ある. 小学生の子供がインターネットで調べものをした際に,wikipediaを写してしまうとなれば,たいへんだ.確実な知識のある誰かがサポートする必要がある...試しに自分で一項目加筆してみたら,その作業の簡単さに驚いてしまった.匿名でも十分に内容を書き換えることができる.毎回どこを変更したのか履歴が見られるので,故意に全部消去されたとしても,誰かが検証して復活させることが可能な仕組みだ.他の言語へのリンクは,はじめに1つあれば,あとはロボットが定期的に書き加えていくらしい.

 一般相対性理論,アインシュタイン,ワームホール,ブラックホール,ブラックホール脱毛定理,ブラックホール唯一性定理,裸の特異点,宇宙検閲官仮説,ライスナー・ノルドシュトロム解,カー解,フリードマン・ロバートソン・ウォーカー計量,フリードマン方程式,ゲーデル解...(だんだんマニアックになっていくが,まだまだ続く)...すでに誰かが書いた文章を推敲・訂正したり加筆したりするうちに,だんだん面白くなってきて,自らが項目をどんどん立てるまでに熱中してしまった.1週間で,一般相対性理論関連のほとんどの項目は,結構まともになったのではないだろうかと思う.もちろん,どの語も自分自身で完全に満足しているレベルではないが,決定的な誤りは潰している.ペンネーム(Einstein1905)で編集作業を行っているが,実名も分かるようにプロフィールは公開している.実名で参加している人はほとんどいないみたいだが.

 もちろん,僕が書いた文章をすぐに直してくれる人もいる.誰だか分からないが,まさしく共同作業だ.オープンソースの威力を感じながらも,人間の善意で,ちりも積もれば百科事典になっていくのだなあ,と感心することしきり.あと数年もすれば,もっと他分野の専門用語もブラッシュアップされていくことだろう.

 一人で満足感に浸っていたら,思わぬとばっちりを受けた.学生が提出してきたレポートが,私の書いたwikipediaの項目の丸写しだった.怒るべきか,喜ぶべきか...それが問題だ.

所属する学部の 設立10周年記念シンポジウムが,大阪商工会議所であり,動員されてきた. 会場が満員になる盛況な3時間で,前半はノンフィクション作家の山根一真氏の講演,後半は パネルディスカッションだった.

山根一真氏は,彼のITとの関わりや夢を語っていた.あれもこれも,と思いつくままの話のようにも聞こえたが,最後に,「情報技術が地球温暖化を防ぐために何ができるのか,考えてほしい」,と問題提起して去って行った.問いかけとしては非常に大きい.人類が直面しなくてはいけない問題があり,それならば,あなたはどうするのか,と問いかけているのだ.

後半のパネルディスカッションでは,この問いかけに対する答えは出なかった。「技術者はバクチ屋,物理学者は超然屋」と言ってのけたパネリストの分類も正しいが,重い問いを跳ね返すにはほど遠い.

山根氏の講演では,最後に地球温暖化映画「An Inconvenient Truth」(現在, アメリカで公開中)の予告編ビデオが流された.これは,インパクトがあった. 同じものが,iTunesでダウンロードできる.カテゴリは,Paramount Classicsで検索すると早い. ゴア元副大統領が,I'm the next president of US. と自己紹介して 受けているが,ゴアはブッシュとは違い,ずっと環境問題で講演を続けているそうだ.同タイトルの 著書もあるとか.映画のサイトは, http://www.climatecrisis.net/ 日本で公開されたら,是非見てみたいと思った.

再スタート

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しばらく(3年弱),「 His Comments」という形のモノローグ掲載を休んでいたが,再開したい.

3年間で転職を2回し,ようやく落ち着いて来たこともある.ポスドクという身分から,いったん研究者生活から退場し,また復帰した.人生が180度変わることが2回あり,元に戻ったことになる.(関係ないが,「ボクシングに出会ってから人生が380度変った」とコメントしたボクサーがいた).あまり,ブランクの期間中のことを書き連ねる気はないが,いろいろ社会勉強になったことは確かである.

さて,ウェブページに文章を書いていくと,ファイルも増え,いずれ検索機能が必要になる.なんか上手い方法はないものか,と考えていたら,世の中web2.0時代と言われ,いつのまにかblogと言われる日記形式が一般に普及していた.blogというのは,結局コメントをデータベース化してweb表示ファイルを自動生成させるソフトを使っているのですな.やっと,自分のサイトでblogソフトをインストールできたので,時々ではあるが,ちょいと書いておきたいことを「His Comments」として記録してゆきたい.

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